私達の牧師

寺田文雄&里美牧師

寺田文雄&里美牧師は1983年から現在(2019年)に至るまで南紀リバーサイドチャーチで30年以上牧会の働きをしてきました。文雄牧師は大阪出身で、牧師になる以前は商社で貿易業務に従事していました。海外への出張を何度か経験したためか、新しいものや珍しいものが大好きな先生です。古座に住み始めてからは南紀の地が大好きになり、現在に至るまで南紀の地で人々に仕え続けています。また2016年から2018年にかけては、日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の理事長も務められました。

里美牧師は和歌山県の串本町(旧古座町)出身で、牧師になる以前は美容師として働いていました。流暢な古座弁を話し、元気で満ち溢れた、気さくで楽しい先生です。また地元愛一筋で、「自分の故郷に教会を建てあげたい」という里美牧師の強い願いから、南紀リバーサイドチャーチは産み出されていきました。

寺田文雄&里美牧師の願いは、この愛する南紀の地にさらに福音が届けられ、
一人でも多くの方がイエス・キリストに出会い、人生が造り変えられ、祝福された人生を歩んでいく姿を見ることです。

 

私達の歴史

1972年、母教会(大阪中央福音教会)による古座出張伝道所が開始されました。鹿島外雄牧師夫妻と大阪中央福音教会のメンバーの助けによって福音が伝えられ、イエス・キリストを信じる人々が起こされました。1977年、西向小学校の角の借家が与えられ、そこに集うようになりました。これが後の南紀リバーサイドチャーチの礎となります。

1983年4月29日、正式に南紀リバーサイドチャーチは教団直属の伝道所として寺田文雄牧師・里美牧師ご夫妻をリーダーとしてスタートしました。ほとんど何もない状態の借家の伝道所に、10名ほどの若者達という小さな群れでしたが、メンバー達は神様に対する情熱、聖霊の喜びと希望に満ちていました。若さゆえの失敗も多々ありましたが、それにも勝る神様の恵みがありました。

1987年12月、教会の熱心な祈りに神様が応えてくださり、超自然的な助けによって古座川河口近くにある役場庁舎の隣に土地が与えられ、会堂を建築することができました。

1999年10月、教会のメンバーが増し加えられ、会堂を2倍の大きさに増築しました。
また加えて牧師館も与えられました。

2002年、シンガポールのトリニティ・クリスチャンセンターをモデルとするセルチャーチを目指し、ケアセルを始めました。また同年7月には教会墓地が与えられました。

2012年、ケアセルで神様の素晴らしさや互いの人生を分かち合う時、教会のメンバーは強められ、福音が更に地域に広められていきました。そして長年越えることのできなかった一年間の礼拝出席の平均が100名を突破しました。

2013年4月29日、南紀リバーサイドチャーチは創立30周年を迎えました。

現在、ケアセルは和歌山県南部から三重県熊野にまで広がっています。

 

私達の信仰

1 霊感された聖書

私達は聖書が誤りのない神様の言葉だと信じます。聖書は永遠に変わらない真理であり、人間に対する神様のメッセージです。そしてこの聖書の言葉は21世紀の私たちの生活にも当てはまり、力強く働きます。私たちが信じている全ての教理はこの聖書に根ざしています。

2 唯一のまことの神

私達は唯一のまことの神様を信じます。神様は永遠に自存の神様であり、全知全能であり、全世界の創造主です。神様は完全に愛なる方であり、完全にきよい方です。
また神様は父、子、聖霊として存在しています。(三位一体)

3 イエス・キリストの神性

私達はイエス・キリストの神性を信じます。イエス・キリストは処女マリアより生まれ、罪を全く犯さない生涯を送られ、奇跡を行い、人間の罪の身代わりとして十字架にかかられました。そして三日目に死より蘇り、神の右の座へ高く上げられました。

4 人間の堕落

人間は本来素晴らしい存在として、神様のかたちに似せて造られました。しかし人間が自ら罪を犯してしまった結果、人間の中に罪が入り、その神のかたちは損なわれ、この世界は壊れ、死と苦しみと悪がはびこるようになりました。また人間は肉体的な死だけではなく、霊的な死も体験しました。それはすなわち、本来人間がもっていた神様との関係が崩れ、人間が神様から完全に切り離されてしまったことを意味します。

5 人間の救い

人間の救う唯一の力は、神の御子、イエス・キリストの流された血だけです。イエス・キリストの罪の赦しを信じるなら、どんな人でも救われ、神様との関係が回復されると私達は信じます。

6 教会の礼典

私達は二つの礼典を信じています。一つは「洗礼」(水のバプテスマ)です。聖書は悔い改め、キリストを救い主として信じる者はみな、洗礼(水のバプテスマ)を受けるべきであると教えています。もう一つは「聖餐」です。聖餐は私たちのためのキリストの犠牲と死を思い起こす儀式であり、また私たちがキリストにある神の性質にあずかることを示す象徴でもあります。聖餐は洗礼を受けたクリスチャンの方のみ参加することができます。

7 聖霊のバプテスマ

私達は聖霊のバプテスマを信じます。聖霊のバプテスマは救われた後、クリスチャンが力強い証人として生きるために、また神様に真心から仕えるために、求める人に神様から与えられます。新約聖書に記されている通りです。

8 聖霊のバプテスマを受けたしるし

私達は聖霊のバプテスマを受けたしるしとしての異言を信じます。ペンテコステの日に弟子達が異言を語った通りです。異言については、新約聖書の使徒の働きと書簡に記されている通りです。

9 聖化

私達は救われた時から聖化の歩みが始まることを信じます。それは単に「クリスチャンはきよい存在です。」という宣言ではありません。聖化とは、一生涯続くプロセスです。聖化とは悪から離れ、神様に近づき、キリストのような姿にもっと変えられていくことを意味します。

10 教会とその使命

私達は教会には使命があると信じます。それは罪によって失われた人々を探し、救いに導くことです。教会とはキリストの身体であり、御子イエス・キリストの犠牲を通して与えられる神の救いを信じ、受け入れた人々の集まりです。

11 奉仕の務め

私達は聖書に基づいたリーダーシップの下で奉仕することが、教会に仕えることになると信じます。私たち一人一人がリーダーシップの下、人々に福音を伝え、神様を礼拝し、お互いを建てあげることに励んでいく時に、教会が充分な機能を果たすことができると信じます。

12 癒し

私達は病の癒しを信じます。それはキリストの贖い(十字架の上で私たちの罪のためにしなれたこと)の中で備えられているものであり、今日の全てのクリスチャンが持つ特権です。

13 祝福に満ちた望み

私達はイエス・キリストが約束されたとおり、再び地上に戻ってこられることを信じます。そしてその時、キリストにあって死んだクリスチャン達が復活し、キリストに会い、また生きているクリスチャンと共に天に移されます。これは教会にとって祝福に満ちた望みです。

14 キリストの千年期統治

私達はキリストの千年期統治を信じます。キリストと聖徒達が天に移された後、千年間地上で治めるために、キリストは聖徒達と共に目に見えるかたちで帰ってこられます。この千年統治は民族としてのイスラエルの救いと、世界平和をもたらします。

15 最後の審判

私達は最後の審判を信じます。最後の審判はイエス・キリストを拒んだ人々に行われます。いのちの書に名が記されていない者は、その罪のゆえに判決を受け、悪魔とその使いたち、獣と偽預言者と共に、火と硫黄の燃える池の永遠の刑罰に入れられることになります。

16 新天新地

私達はキリストがキリストを受け入れたすべての人のために用意される新天新地を信じます。私達はキリストの千年期統治の後、そこで永遠にキリストと住むことになります。
すなわち、私達は永遠に神様と生きるのです。